【イベント☆レポート】脳の複雑な仕組みを解明し、脳疾患の克服へ~AMED脳研究の成果報告イベント「読み解かれつつある脳の設計図」
脳科学は私たちのくらしに関わる多様な分野と密接につながっています。心身ともに健やかな社会生活、高齢化社会における認知症克服への取り組み、情報処理技術の高度化とAIの発展など、最先端のテクノロジーを駆使した研究によって、脳の複雑なしくみや病気の理解が大きく進んできています。
そこで、脳研究を推進しているAMED(エーメド)は、脳研究の国家プロジェクトである革新脳・国際脳の最終年度となる2023年の10月に、最新の脳研究成果を紹介する成果報告イベント「読み解かれつつある脳の設計図 ~革新脳・国際脳の成果と脳疾患克服への展望~」を開催しましたので、その様子を紹介します。
段階を踏んだ戦略的な研究により
オールジャパンで複雑な脳の解明へ
国の脳研究推進の歴史として、まず、2008年度から神経精神疾患の発症メカニズム解明に向けた「脳科学研究戦略推進プログラム」(脳プロ)が実施されました。その後、2014年度からさらにヒトの脳と神経精神疾患の理解を深めるため、非ヒト霊長類モデルの脳研究を行う「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(革新脳)が始まり、2018年度には、脳科学に関する国際連携を見据えた各国との共通のデータベース開発を目指す「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」(国際脳)が始まっています。AMEDは2015年の設立以降、「革新脳」「国際脳」の推進を担い研究を取りまとめており、2023年度はこれら研究の最終年度となります。
そこで、今回行われた成果報告イベント「読み解かれつつある脳の設計図 ~革新脳・国際脳の成果と脳疾患克服への展望~」は、革新脳10年間、国際脳6年間の主たる成果を、広く皆様に紹介することを目的に開催しました。
AIを活用した解析とオープンサイエンスで
脳科学の未来を加速する
会の冒頭、まず、AMED三島理事長から「脳の機能は複雑で、深い理解がなければ精神・神経疾患の治療に繋がらないため、脳科学を実用化につなげるのは大変難しいものの、臨床応用が見えてきている例が複数あり、本日は期待をもって聞いてほしい」と挨拶を行いました。続けて、来賓として、国の脳研究プロジェクトを牽引してきた文部科学省から奥野大臣官房審議官がお越しになり「『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023』などの閣議決定文書でも認知症等の脳神経疾患に関する予防・治療の研究開発が重要であると位置づけられており、脳研究は注目を集めている分野である」とお話いただきました。
脳研究の重要性は世界共通
研究成果の紹介に入る前に、革新脳プロジェクトのプログラムスーパーバイザーで東京大学の岡部繁男先生から、「ブレインプロジェクトの成果と将来展望」と題して、これまでの国の脳プロジェクトの流れや、脳研究の重要性についての説明がありました。
岡部先生は「脳は情報処理をする機械ですが、スーパーコンピューターの消費電力が28MWとしたら、脳は15W程度のエネルギーで複雑な情報処理をすることが可能な究極の省エネルギー機械といえます。脳は人間社会を円滑に進めるための基盤となる臓器ですが、様々な形でストレスを受けて疾患が発症します。特に患者数が多いアルツハイマー型認知症は、病態解明、それに対する適切な診断法、治療法の開発が喫緊の課題ですが、こうした脳研究の重要性は日本だけではなく、世界の様々な国で神経科学は重点課題というのが共通認識です。これまで脳科学は、細胞研究や顕微鏡の開発など様々な研究によって駆動されてきた分野であるといえます。今後も革新的な技術開発に伴い、脳データの爆発的増加が予想され、データサイエンティストや数理科学研究者との協働の必要性はましていくでしょう。データ共有とAIを活用した解析、国際協力など、オープンサイエンスを加速しながら脳科学がより進んでいくと思います」と、脳研究の展望を語りました。
様々な視点の活発な質疑応答で盛り上がった
最新の研究成果紹介
研究成果については、今回5人の先生から紹介が行われました。
トピック1 「遺伝子改変マーモセットを用いた神経疾患研究」
岡野 栄之(理化学研究所 脳神経科学研究センター チームリーダー / 慶應義塾大学 医学部生理学教室 教授)
「私達は、遺伝子組み換え技術によって、霊長類であるマーモセットの神経疾患のモデルを作成し、特にレット症候群とパーキンソン病のモデルについて検討を行ってきました。レット症候群の原因遺伝子の1つであるMECP2欠損マーモセットでは、レット症候群患者さんの脳で起きている遺伝子発現変化と同じ変化が起きていることが分かりました。パーキンソン病モデルでは、運動障害やα-シヌクレイン病理が再現されました。このように、マーモセットは脳疾患モデルに適しており、レット症候群やパーキンソン病の治療標的発見の良いモデルとして期待できます。」
トピック2 「脳の宇宙を捉える」
村山 正宜(理化学研究所 脳神経科学研究センター チームリーダー)
「脳は宇宙に例えられ、ヒトでは約1000億もの神経細胞が星々のごとく煌めき、無数の相互作用によって知覚、認知、記憶、そして意識が生まれると考えられています。近代天文学の分野では、400年以上前にガリレオが望遠鏡を自作し、宇宙の星々を精密に観測したことから本格的な宇宙の謎解きが始まりました。
では、脳の謎解きはどのように行えばよいのでしょうか。今回、我々は生きている状態で、細胞レベルの神経活動を脳の広範囲から同時に捉えることができる巨大顕微鏡を開発することに成功したので、その成果をご紹介しています。この顕微鏡を用いることで新種細胞の発見や脳ネットワークの構造が明らかになりました。」
トピック3 「マーモセットの脳の遺伝子マッピング:ヒトの脳研究に新たな展望をもたらす」
下郡 智美(理化学研究所 脳神経科学研究センター チームリーダー)
「マーモセットは人間に近い脳構造と行動能力を持っていることから、その脳の遺伝子と脳構造や行動を合わせて解析することで、ヒトの複雑な脳の仕組みに迫ることが可能です。マーモセットから得られる知見は、ヒト脳の基本的な機能や脳疾患のメカニズムを理解するのに役立ち、未来の治療法開発に期待が高まっています。さらに、この研究はロボティクスや人工知能の分野にも応用される可能性があります。つまり、マーモセットの研究は私たちの脳科学や技術の進化に大きな影響を与える重要な証拠を提供してくれます。」
トピック4 「読み解かれつつある精神疾患の脳回路病態」
笠井 清登(東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野・教授)
「MRI技術を用いて、精神疾患の病態を脳の回路の不調の観点から調べることができるようになりました。しかし、従来の研究では1つの研究施設において、1種類の精神疾患を持つ人と健康な人の脳MRIを数十人ずつで比較する研究が多く、結果は一定しませんでした。私たちは、多数の研究施設で異なるMRI機器で撮像された多種類の精神疾患患者さんの画像をデータベース化したり、まとめて数千人単位で解析する研究を国際的な共同体制で進めています。こうした研究からわかってきたことをご紹介しています。」
トピック5 「脳のスイッチで理解する高度な脳の働きとその不調」
南本 敬史(量子科学技術研究開発機構 脳機能イメージング研究部 システム神経回路研究グループ・グループリーダー)
「前頭前野は霊長類で特に発達し、高度な精神機能を担っています。私たちはその機能を調べるために、神経細胞の機能をON/OFFする「スイッチ」を埋め込み、それを画像化して脳内での位置を確認する技術とスイッチを効率よく切り替える薬を開発しました。これらの技術を用いることで、前頭前野から脳深部に伸びる2つの神経経路が異なる機能を持ち、それらの不調がヒトの精神疾患で見られる機能低下と関連することが明らかになりました。」
最後に、AMED三浦理事から「疾患モデルマーモセットなど研究リソースや若手人材育成が重要であり、今後も精神・神経疾患の解明が期待される」と閉会の挨拶があり、脳研究プロジェクトの成果報告イベントは終了しました。今後益々重要となる脳研究について、AMEDは今後も推進していきます。
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